「私は運が悪い」という人は、ただそれに気づいていないだけ。
この世は絶対的に平等なのです。たとえ子どもがいなくても、すばらしいパートナーに恵まれているかもしれません。
実際、そういうすてきなカップルはたくさんいます。
あるいは、やりがいのある仕事に就いている、という人もいるでしょう。
子どもだけが幸せの条件では決してないの です。
ですから、あえて子どもを持たない、という選択があってもいいと思います。
「私は不幸」「私は運が悪い」と思いつめて、恵まれた点があることに気づけないのは、もったいないこと。
厳しいようですが、そういう心のありよう自体、母性とは遠く離れたものなのです。
世間には「子育てをしていないと、1人前ではない」と考える人もまだいますが、偏見にすぎません。
たとえば会社で部下を育てること、学校の先生が生徒を育てること、習い事のお師匠さんが弟子を育てることなども、「子育て」と同じ。
また、なんらかのトラウマを抱えている夫に愛の電池を充電して、大人になれるよう育てている、という人もいるでしょう。
それも一種の子育てといえます。
赤ちゃんを産んで育てるだけが、子育てではないのです。
拙著『E原啓之のスピリチュアル子育て』にも書きましたが、子どもは決して親の所有物ではありません。
たましいのふるさとは、親子でもそれぞれ違うのです。
出産とは、この世に生まれようとしているたましいに、体を貸してあげる行為です。
育児は、盲導犬の子どもを育てるボランティアと同じ。
人間への基本的な愛と信頼を培って、社会の役に立てるようにと送りだすまでが仕事です。
そう考えれば、子育てと同じぐらい価値があることは、この世にたくさんあります。
子育ては、数ある「価値あること」の中のひとつにすぎないのです。
そう思えない人、子育て以外のことが目に入らず、子どもに執着する人は、逆に子育てでつまずきやすいのです。
自分の都合のいいように子どもをコントロールしようとして、反抗されたり、自立させるのに失敗したり、子どもが巣立ったあと、何も残らず空虚感に悩む「空の巣症候群」になったりしがちです。
息子を嫁にとられた、などと言って嘆く人も同じ。
ボランティアではなく、自分の利益のために子どもを育ててきたから、「とられた」とい
う思いが出てくるのです。
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